「i fenomeni degli autobus (イタリアのバス”超現象”) 〜後編〜

イタリアのアウトブス”超現象”後編です。

アウトブス現象C 乗客兼助手?

イタリアの法律(条例?)で、次のような条項がある。
「バスを運転中の運転手に、走行中話しかけてはいけない。」

最初その話を聞いた時、まあ、走っている間は話しかけないほうがよいだろうな、と思ったが、
なぜわざわざそんな法律があるのかちょっと不思議だった。
が、バスを頻繁に使うようになるにつれその理由がわかった。
要は、この法律を遵守しないイタリア人が”非常に多い”のである。
つまり、走行中に運転手に話しかける人がかなり多いのだ。

「このバスは〜〜に行きますか?」とか、「〜〜へ行くには、どこで何番のバスに乗り換えればいいですか?」などの、
バスに関する質問だけならまだ仕方がない、とは思う。
しかしイタリアでは、少なくみても5台に一台くらいの確立で、誰かが、運転席に張り付き、運転手と会話をしている。
”張り付き”といったが、上記の法律があるためかどうかは分らないが、
イタリアのバスの運転席は背丈ほどの透明なプラスティックの壁で囲われている。
なので話しかけるためには、背伸びをして顔を出すか、もしくは壁を避けるように、
無理矢理壁の横から顔を突き出すかのどちらかなのであるが、
とにかく運転手に話しかけるのは結構大変なのである。にもかかわらず、しょっちゅう誰かが話しかけている。

で、次に驚きなのが、話しかける人が、行儀の悪いオッチャンだけとか、話し好きなおばちゃんだけというわけでなく、
老若男女かかわらずよく話しかけていること。
で、さらに驚きなのは、運転手のほうも特に嫌がるわけではなく、結構積極的に話し相手になっていること。

では、実際どんなことを話しかけているかというと、
最初は、ごく常識的な「このバス〜〜まで行くの?」などの質問から始まることが多いのだが、
質問が終わってもそのまま運転手から離れることなく、
やがて、やれこの道はいつも混んでいるのに今日は天気が悪いからよけい混んでる、など他愛もない話が始まり、
そのうち、カルチョ(サッカー)話や新聞ネタに続き、ついにはかなりプライベートな話題にまで話が発展していき、
バスを降りる頃にはすっかり親しい仲のように「チャオ〜」といって別れる、といった具合である。
特に若い女の子が話しかけたときなど、運転手のほうがかなり積極的になり、
「どこの学校に通ってるの〜?」「なに勉強してるの〜?」などと、ほぼナンパまがいの会話が行われたりもする。

まあ、話しているだけならいいのだが、そこはイタリア人なので、
話が始まるとどんどん話に熱中して行き、感情を表すために手が動き出し、顔が横を向くことが多くなり、
運ちゃんの前方への注意がどんどんおろそかになる。
仕舞いには、「ほら信号、赤よ!」などと話し相手のおばちゃんに注意されたりしてしまう。

なるほど、これは法律が必要なわけだ。


アウトブス現象D 「しょーぺろ」

☆予告にはありましたが、ショーペロについては、
書き出したら”きり”がないので、この項は独立させてまた別に次回書きたいと思います。


アウトブス現象E バスは道を間違える

イタリアの市バスは、よく経路、道順が変わる。
道路工事などの場合は、あらかじめ「何日の何時からこういった感じに経路が変わります。」という
掲示が出ていることが多いのだけど、もちろんイタリア語だけの掲示で、
地図で示されるわけではなく、道路名だけが記されているだけ。
だからイタリア語を読めない外国人観光客だけでなく、地元の住人でさえあれっ?あれっ?どこ行っちゃうの?
となることも非常に多い。
乗っているバスがどこかへ行っちゃうのなら、まだ実際に現状を把握できるから良いのだが、
バス停で待ってて、いつの間にかそのバス停が迂回されるようになってしまった場合、
そもそも経路変更の掲示なんてすべてのバス停に出ているわけではないので、
いつまで待ってもバスが来ない、という状況に陥った場合は悲惨である。
そのバス停で待っている人は、迂回されてるなんて知らないから、
また遅れやがって・・・と15分ぐらい待ち、そのうち待っている人同士で、
「きょう今日ショーペロ(ストライキ)だったかしら?」と話し始め、
30分ぐらいまって、何でバスが来ないのよ!と憤慨し、
結局何が原因かわからずに皆あきらめてバス停を去る、ということもしばしばである。
逆にそのバス停に来るはずのないバスが、どっかから迂回してきて突然来たりすることもある。

事故やデモなどで突然道路が閉鎖になった場合(といっても非常によくある)も、
もちろん誰も未然にわかりようがないのだけど、バスの運転手は気にせず突然違う道を平気で迂回し始める。
そうするとバスの中は一時騒然となり、誰かが運転手に詰め寄り、ようやく状況が把握できる。
でも運転手に聞いても、「俺もわからないよ、次の道で曲がれたら曲がるけど、
その道もだめだったら、駅の後ろを大きく回って、後は何とかトリニタ橋まで戻る」なんて言い出すこともあり、
いつの間にかみんなあきらめて降りて、バスは無人状態へ、何てことも。

また厄介なのが、経路を変更していたバスが本来の経路に戻るときは、
基本的に何の予告もない。張っていた経路変更のかみぺらが剥がされるだけという運用だ。
半日だけの経路変更などは良いけど、イタリアの工事は概して非常に長いので、
1ヶ月ぐらい違う経路を通っていて、とっくに経路変更の掲示の紙など自然消滅して、
あーこのバスの経路はこっちになったんだと(恒久的な経路変更も非常に多い)、
すっかりそちらの経路に慣れてそのつもりで乗っていると、ある日突然もとの経路に戻ったりする。

そんなことだから、道順変更に常に悩まされているのだが、
悩まされているのは、なんと乗客だけではないのがイタリアである。
度重なる経路変更についていけないのか、時々バスの運ちゃんが”道を間違える”のだ。
経路が変わりたての頃はちゃんと気をつけてるんだろうけど、
しばらく経って慣れてきて、”緊張感を失う”のかどうかわからないが、
元の経路へ進んでしまうことがある。
そうするとまず乗客が騒ぐ。「また変わったの?!?」
すると運ちゃんも気づく。
やばい・・・間違えた・・・・。
そして、仕方なく次のバス停でみんなを下ろす、もしくは頑張ってもとの道に戻る、
もしくは確信的に過去に経路変更の際に使っていた道順で平然と行く等々、
実にイタリアらしい解決方法でその場をしのぐのだ。

あー、どれひとつとっても日本では考えられない現象。
本来は、このあたりが極めつけであって欲しいのだけど・・・


アウトブス現象F バスは人を轢く

いよいよ極め付け。

公共の道路における車と人との関係についてだが、日本や欧米諸国などいわゆる近代化が終了した国々では、
車より人が優先されるのは極々常識である。
逆にインドや東南アジア、中南米そしてアフリカ諸国など、多くの発展途上といわれる国々では、
その関係がまだまだ逆転していて、人の命より車のほうが高い、なんて常識がある国も世界中にはまだまだ多い。
では、近代化が終了しているハズの、先進国でEU加盟国であるハズのイタリアはどうだろうか。

端的に行って、イタリアでは、人と車は”平等”である。

信号のない横断歩道で人が待っていると、ドイツ以北のヨーロッパでは必ず車は止まる。
日本だって、まあドライバーの質にも依るけど、たいてい止まる。
少なくとも、渡らせまいとアクセルを踏んで加速するようなドライバーはほぼいない筈。
逆にインドなどに行くと、人の横断のために車が止まることはまずない。

じゃあイタリアはというと、そのどちらでもない。
人が道路を横断する時、渡るという気合もしくは気迫を見せると、車は止まる。
おとなしく待ってると、永遠に車は止まらない。
平等なのである。
車と人がちょっとぶつかりそうになった時も、
つまりどちらかが回避しないとぶつかってしまう時、
車が止まるか、人がよけるかは、完全にフィフティーフィフティー、ケースバイケース。
避けるべきほうが避ける。
だから、「当然人が優先だ」と強情にもしくは調子に乗って車道等を歩いたり、横切ったりすると、
イタリアでは本当にそのまま車とぶつかることになる。
信号だって、車もあまり守らないが、人もぜんぜん守らない。目安程度。
だからイタリアでは、人にとっても車にとっても青信号になりたてが一番危険。
赤信号ぎりぎりで突っ込んでくることが非常に多いからだ。

話をバスに戻すと、公共機関だからもちろん人が優先ということは全然ない。
道を歩いている時だって、ちょっとでも道にはみ出してると、
バスはお構いなしに轢きそうになりながら走り抜けていく。クラクションが鳴るのは親切なほう。
そもそも400年来の細い路地をでかいバスが平気で走り回るフィレンツェでは、
バスの運転手が考える”安全マージン”が非常に少ない。
日本では人や自転車との距離を少なくとも1mはとって車は走るだろうが、
こちらでは5cmぐらいまでは、安全距離だと思っているらしい。
一番危険なのは、バス停で待っている時。
バスがバス停に止まる時、歩道に寄せて止まるために、バスの前方部分を大きく歩道にはみ出してから、
歩道に寄せて止めることが多い。
だからバスが止まるときは、歩道にいても道路から少し後ろに下がってよけなければならないのだが、
そのときに気をつけなければいけないのが、バスのサイドミラーである。
バス本体には十分余裕を持って後ろに下がっていたつもりでも、
サイドミラーが自分の頭上2cmぐらいを通過して、心の臓が凍りつきそうになったことがある。

と何だかんだいっても、公共機関であるバスが、先進国において実際に人を轢くことは、
いくらなんでもないだろうと思いの皆さん。いやいや、轢くんです。結構。
僕も最初はそう思っていて、「危なっかしくてもさすがはプロ」と、
日々その素晴らしい”見切り”のスリルを楽しんでいた。
が、イタリア滞在も2ヶ月が過ぎた頃、いつもどおりバスに乗っていると、
突然”本物”の急ブレーキがかかり(今まで急ブレーキだと思っていたのはぜんぜん急ブレーキじゃなかった)、
うおぉとびっくりしたとたんすぐに、ガシャーン。
バスが自転車を轢いた。幸い、自転車に乗っていた人は怪我もなく無事だったが、
無事だったことをいいことに、運ちゃんもうまく”誤魔化”し、2分後には何事もなかったように”無事”発車。運行再開。
日本でバスが事故を起こしたら、人身じゃなくてもちょっとしたニュースになるところだが・・・。

ちなみに僕の彼女の話では、
学校からの帰り道、乗っていた同じバスが、”1回追突しそうになり、その後2回追突した”らしい。
さすがに最初聞いたときは意味不明、理解不能でした・・・・


以上イタリアのバス七不思議、いかがだったでしょうか。
もしイタリアへいらっしゃれば、上記現象をもれなく体験できるマジカルツアーへお連れします。
ご希望ならですけど・・・。

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