フィレンツェの郊外、フィレンツェ空港のほど近くに、
「IKEA(イケア)」というスウェーデン資本の大型家具インテリアショップがある。
どうやらイタリアだけでなく、ヨーロッパ各国をはじめ、
オーストラリア、中国など、かなり世界中でグローバルに展開しているらしく、
いわゆる郊外型の大型店舗で、野球場ぐらい広い店舗に家具、生活雑貨等が、
生活提案形式の陳列でぎっしりと並んでいる。
この「IKEA」。実はフィレンツェ市民であれば、誰もが知っている店である。
週末ともなると、これだけの人がフィレンツェに住んでいるのかと思うほど、
フィレンツェ市民が車で大挙として訪れ、広い店舗のなかは前に進めないほど大混雑となる。
4年前からフィレンツェに住んでいる学校の友人の話では、
2年前にIKEAがオープンした際には、フィレンツェではまさに大事件だったらしく、
付近一帯の道路が車で埋まり、誰も店までたどり着けないほど大混雑したそうだ。
もうフィレンツェの裏人気NO1スポットといっても過言ではないほど、
フィレンツェ市民に大人気のIKEA。
初めて店に行って商品を見るまで気がつかなかったのだが、
実際フィレンツェ市民の生活へのIKEA商品の浸透度は並ではない。
たとえば、前のアパートでは、イス、デスクランプに始まり、なべ敷き、マグカップなどの小物もIKEA商品で、
今のアパートも、テレビの台は確実にIKEAモノで、台所用品等もIKEAらしきものが多数。
そこへ我々が購入したIKEAモノの絨毯が引かれている。
学校に至っては、休憩室の机、イス、それからみんなが毎日使っているプラスチックのコップ、
さらには、おしゃれだと思っていた各部屋の照明はそのほとんどがIKEAモノであった。
なぜこれほどまでにフィレンツェ市民にIKEAが人気なのだろうか?
まず大きなの理由として、とにかくあらゆるものが安いこと。
我々が買ったベージュの絨毯、24ユーロ。ワイングラス6本が3ユーロ。
なべ返しが1ユーロ。本立て0.5ユーロ。前のアパートにあったデスクランプが8ユーロ。
その他にも、ソファーやベットなどの大物でも100ユーロ弱から、イスなどの小物家具も15ユーロぐらいから。
台所用品などは1ユーロから揃っている。
とにかく、普段からケチな上に、
近年物価が高騰し続け、財布の紐がさらにきつくなっているイタリア人が、
わんさか買うことが出来るくらい安いのだ。
しかし、フィレンツェで随一といっていいほど観光客がいないIKEAを初めて訪れ、
100%イタリア人の人ごみにもまれながら買い物をしているうちに、
IKEA人気の最大の理由は他にあることに気がついた。
その答えは、”デパート”。である。
IKEA進出で大騒動となったフィレンツェであるが、5年ほど前にも、似たようなことが起きたらしい。
フィレンツェ初の”デパート”が、チェントロにオープンしたときである。
名を「リナシャンテ」という純イタリア資本のチェーン店であるが、
ただこのデパートと呼ばれる店、イタリア人以外から言わせればとてもデパートといえない代物である。
せまいフロアのたった4階建てのこの”デパート”は、
デパートというよりは、高級洋服雑貨店であり、
レストランも食品売り場も家電コーナーももちろん子供が遊べるスペースもなく、
地元の市民よりは、お土産用の雑貨と無料トイレと夏場の冷房を求める観光客で賑わっている。
デパートの機能としては、我が三軒茶屋にある西友に余裕で軍配が上がる。
しかしである。
エレベーター付の多層店舗、無料かつ無人のトイレ、全館空調、そして何より日曜日も営業。
フィレンツェ人にはすべてが”画期的”であったこの店は、彼らにとってすでに”デパート”だったのである。
オープン前には、”最先端”の店がフィレンツェの雰囲気、伝統を脅かすと物議をかもしたそうで、
かなりの”反対”があったらしい。
そんなフィレンツェに今度はIKEAがやってきた。
家具店なのでもちろんデパートではないのだが、これが彼らにとって、実に”デパート”なのだ。
まさに真打ち登場といった感なのである。
まず、家族全員が車で行くことが出来る、広い駐車場を持つ郊外店舗、
子供が遊べる、家具の陳列コーナー(子供部屋用家具コーナーが滑り台があったりと店内で一番人気)、
そして買い物で疲れた足を休め、空いたおなかを満たせるレストラン、ファーストフード、カフェ。
(これがまたフィレンツェでは考えられないくらい安い。コーラとホットドックのセットが1.5ユーロ)
イタリアにおいて存在自体がかなり危険な、スウェーデン食材の”試食”コーナーまである。
(案の定、遠慮の2文字というものをまったく知らないシニョーラ(おばちゃん)たちは、
一人5〜10個づつ鷲づかみにして、すこしお行儀がいい人は丁寧にナプキンに包んで持っていくので、
出しても出してもすぐになくなる)
ともかくも、家族揃って日曜日を一日楽しむことが出来る、
(カツオとワカメがフネやサザエに「連れてって〜」とねだっていた日本のよき時代の)
”デパート的”レジャー施設施設がフィレンツェに初めて誕生したのである。
そしてIKEAのもうひとつ”デパート”な点。
それは、陳列販売である。
イタリアのガイドブックで、ショッピングの欄を見ると必ず、
「イタリアでは、”対面販売”が基本なので、お店に入ったときはまず挨拶。
勝手に品物に触るのはマナー違反でいやな顔をされます。」と書かれている。
これはまさに事実で、ブランドショップだけでなく、
ドラッグストアや生活雑貨の店、そして八百屋、文房具屋にいたっても、
ちょっと昔からやってますという店は、とても勝手に商品を手にとって、
あれこれ気が済むまで選んだり、見てるだけができる環境ではない。
僕がよく行く、ジュエリーの工具の店だって、
商品の陳列はほとんどしておらず、「ペンチを下さい」というと、
親父がペンチを棚から3種類ぐらい出してきて、その中から選んで買うといった具合。
八百屋なんかも、基本的に自分で選べないから、
常連客じゃないと平気で腐ったやつを掴まされたりする。
その面でも、IKEAはイタリア人にとって夢のようなところだ。
陳列販売どころか、何でも手にとってみて、座ってみて、果てまた寝転がってみたりしながら、
買うわけでもなく、家族みんなで「母さん、こんなの欲しいなぁ」と、できるはじめての空間。
決してデパートではないのだが、そんな意味でもフィレンツェ人にとって初の”デパート”がIKEAなのである。
イタリアン料理が世界で一番おいしく、マンマの味が最高で、
コーラやマクドナルドは大嫌い、
LA VITA E BELLA(ライフイズビューティフル)、スローライフはイタリアにしか存在しないといった
イタリア至上主義的ともいえる独自の価値観を、確かにイタリア人は未だにとても大切にしている。
しかしIKEAに殺到するイタリア人を見ていると、
彼らの誇り高いイタリアの伝統が、意外にも新しい”外敵”に弱く、
実は意識的に保護されているもので、
現代的かつコンビニエンスなモノに対してかなりの脆さを持っていることを痛感するのである。
イタリア、特にフィレンツェには、
まだ本格的外資の大型デパートや郊外型店舗はほとんど進出してきていないが、
果たして今後、EU統合をはじめとするボーダレス化の進む時代の中で、
イタリア人がイタリア人らしさをいつまで保つことができるのか、
少しだけ心配になりました。
まあ、まだ日本の25年前という感じなので、しばらくは大丈夫だろうけど。
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